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『GANTZ:L』 感想

2018.01.28 23:44|未分類
百名ヒロキ君の初主演舞台『GANTZ:L』に行ってきました



『GANTZ:L』私はヒロキくんを観に行ったはずなのだけど、途中から演出のスズカツさんとの戦争みたいな気分だった。やらなきゃやられる、なにくそ~~~~~って感じだった
空調の音が聞こえてくるような静けさの中から一転、前方のスピーカー前だと地響きがする音量。ちょっとでも体調が悪かったら気絶するのではという閃光のようなライティング。さながらそれは実際の爆破を忠実に表現しようとしているのではなかろうかというほどの破壊的な音響と光だった。そして容赦ない暴力描写。
わーん、好きな男の子の舞台観に来ただけなのに、なんか激しく痛々しいものに巻き込まれた!!
心臓に悪いくらい、ひっきりなしにドキーッ!ビクーッ!!していた。

ヒーつらい、負けないー!!
とおもいながら、なかば歯を食いしばりながらおなかの下に力を入れながら見ました。
でもかなり攻撃的な演出を理不尽に受けながら、ちょっと好戦的に立ち向かおうとしている自分に気付いてびっくりしつつ、そうかこれは主役の玄野君の精神状態と近いのではないかと思ったりしました。

このコンプライアンスに厳しい世の中で、この音量と光、煙を一言の注意勧告もなくやっているのはたぶんわざとだよな~と思っていたのですが、帰り道飛行機のなかで一眠りしてハッと気づいた。

そうかこれは、テロや、空襲の疑似体験なのだ。

普通に楽しく生活しているところにこんな風に突然、理不尽な痛みや恐怖に巻き込まれるのがテロであり戦争で、今突然私は目の前にその状況を作られたのだ。
私は戦争も暴力も当たり前に嫌いで、もし実際にそんな状況になったらぜったい逃げに逃げまくると思っていたけど、疑似体験とは言え予告なしに突然理不尽な暴力に巻き込まれた今、こんな風に好戦的な気分になっている自分にびっくりした。
もしかするとこれが深層心理なのかもしれない。

そうなると劇中で久保田悠来さん演じる「和泉さん」が「テロとか戦争は嫌い」と発言しつつもGANTZに心酔してしまう気持ち、私は理解できないわけではないんだな、とも思った。私も、戦争が実際に起こったらこうやって加担してしまうことが起きるのかもしれない。考えたらぞっとした


と、同時に同時にこの疑似テロを同じ会場で受けた開演前におしゃべりしていた友人の体調を案じたりもした。


突然巻き込まれるのがテロだから、そのため注意勧告はしないということかなと理解した。
どんな条件の人も無差別に突然巻き込まれてしまうのがテロであり戦争だ。

そして、この息苦しいコンプラ時代にこういう作り手の表現が許されるのは密室で行われる演劇ならではだよなー!!!とすごく思った。(きっと映像になってしまえばわからない)私は体調も良くて、まだまだ体力のある年齢なので無責任ではあるけれども演劇にはこういう無法地帯みたいな部分が残っていてほしいとちょっと思った。


すごい過酷体験だけど、私多分この舞台ずっと覚えてると思う。
なんかとっても能動的な体験だったからだ。



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寝盗られ宗介を観劇して その3 この舞台の重構造 

2016.05.31 09:03|寝取られ宗介の感想
寝盗られ宗介を観劇して、パンフレットにも書いてあった、つかさん言うところの「いいだろうこの重構造!」っていう部分が確かに一番大きな軸だな~って思たんですが、それは簡単に言うと

1.劇中劇「寝盗られ宗介」の中で演じられる演目「寝取られ宗介」
2..劇中劇「寝盗られ宗介」
3.劇中劇「寝盗られ宗介」を公演している北村宗介一座
4.その北村宗介一座を演じている戸塚祥太座長率いる一座

っていう入れ子構造になっていると思うんですけど、その4.に当たる戸塚一座の一員に関西ジャニーズJr藤原丈一郎君が入ったことで、その入れ子はさらにジャニーズという箱の中にもはいっている図式にもなるのかな~と思ってみていました。

そして、1.劇中劇「寝盗られ宗介」の中で演じられる演目「寝取られ宗介」の中に
Cjtpj9EVEAQqUk9.jpg

こう言ったセリフがありまして。うっかりこの舞台に魅了されて何回も劇場に足を運んでしまった身としては苦笑いです。
おぼこ娘でもないのに、申し訳ない!

私たちもこの重構造の一員なんだなと思ってしまいました。


そしてこれはねらいではないのでしょうが今回同時期に戸塚君の同グループの塚田君の正真正銘の外部からお呼びがかかったパルコでの舞台があったことにより、ああ、ここはまだ、(概念としての)宗介の用意した箱の中なんだ!とハッとしてしまった舞台でもありました。

その2の感想で書いたように、北村宗介一座というのは世界の片隅の小さな箱で、居心地はいいけれども、ここにいては何も生まれず何も始まらない場所なのだと私は思っています。

ただ、ここにいるのは外の世界の厳しい荒波には飲まれてしまい、傷つけられたり、ひどい差別をされたりするような人たちばかりなのだと思います。
なんなら、死んでしまいすらしてしまうような人々(私はスズ子は死んだかなと感じています)。

そんな彼らを、宗介は何やかんやいいながら全身全霊で守っている。この中では差別もしない。

それでも、出てゆきたい座員のためには、俺のレイ子をあてがってやる宗介。
外に出て行ったままの座員もいれば、やはりこの箱の中でしか生きて行けず、すごすごとかえって来てしまう座員もいる。そしてそんな座員に対しては宗介は手厚く向かい入れてやる。
一通りの座員を外に送り出した後、最後の最後もう誰もいなくなって、仕方なくジミーに目をつける、宗介。

でも、レイ子も宗介も、ジミーが外に出るのはまだ時期尚早だとはっきり感じている。

レイ子「ちょっとあんた本気で言ってるの~?」
宗介「ここでキスしてみろよ」
レイ子「ゲ~~」

この会話は私にはそういう感じで聞こえました。

そして、結局そんなジミーは駅より遠くにも行くこともできず、厳しい外の世界にちょっとだけ触れて、すごすごと帰ってきてしまう。
でもそんなジミーにもいくつかの変化があって、喉でしか言えなかたセリフが腹から出るようになったり、
今までは誰からもかかってこず、ここでも「俺が電話してやるから」と宗介が過保護を発揮した携帯「尊正義」が宗介以外の誰か「外の人間」によって鳴らされるのです。

この箱以外では生きていけないようなどうしようもないジミーが少しだけ外の世界とつながった小さな成長です。
外の世界の荒波に少しだけ触れて、少しだけ甲斐性をつけて帰ってくるジミー。
このお話は、ジミー君の小さな成長譚でもあるのだろうと思っています。

(でも、今回少しそこらへんがわかりずらかったのは、ジミーを演じる藤原君が、どうにも最初っからかっこいいし、べつに最初が胸式発声にも聞こえないし、真面目そうだし弁は立ちそうだし人あたりもよさそうだしで、成長の幅が全く見えずらいんですよね。
レイ子がなんで「げ~~~」っていうのかわからない。
鼻を赤くした程度で帳消しになるようなイケメンではないって思いました。
しかしこれを初演でジミーを演じた酒井敏也さんの若いころにイメージを置き換えると何たる説得力!すごい!天才的!)



そして、劇団に残るのは本当にここでしか生きてゆけないどうしようもない人間たちばかりです。
ただ、そんな彼らが最後の最後大好きな宗介のことを思って、皆でハカのダンスを踊るとき、それによってぼきっと首折れていた宗介が鼓舞され、また立ち上がります。

一人では社会を生き抜くこともできないろくでなしたちが、一人一人はポンコツで微力でも、全員で力を合わせたとき奇跡的な力が生まれて世界中で誰よりも好きな座長のために、大きな力を与えられる。

やっぱりそれは、ひどく感動的なラストに思えました。とっても素直に。

私は、この一座がとても大好きでした。




それこそ初日の大阪では、私自身も前日におこった熊本の震災で母方の親戚がほとんど被災した状態で、なんなら現状の状況も分からず憔悴していましたが、あのラストのハカの意味合いにたどり着いたときに、ちょっと苦しな気持ちが吐き出されるような気持ちになり、時間差でわ~~~と泣いてしまいました。そしてそれから数日、気持ちがしゅんとしたら、あのハカを頭の中に流すようにしていました。
一か月間いろんなことがあったけど、それでもあの一座が公演しているのならば、心強いなとも思っていました。

新橋演舞場では、周りの人たちがたくさん笑っていたので、それに呼吸を合わせるように少しづつ笑いが波及していったのがすごくよかった。体感型の演劇でした。

そしてここ数日いろんな方の感想を見れて幸せでした。

みんな解釈がちょっとづつ違うのも面白かったです。
この演劇とは装置なんだな~と思いました。重構造になってこちらの世界と地続きになってるせいもあると思うんですけど。いろいろ考えてると自分の感情と感想がどんどんにじんでいく。
作り手はある程度の意思をもって作っていますが、最終的には受け取る観客のその時の状況や環境とうまく混ざり合って、それぞれに独自の感想が生まれる。だから、感想にそれぞれのストーリーがあってとっても楽しかった。

あれはああいう意味なんだよ!なんて決めつけなくてよくて、私はこう思った!って意見の中にその意見者の姿が映って表す。
そういう表現でもあるのだな~~!って感じました。


幸せな一か月間でした!!たのしかったです!寝取られ宗介!













タグ:寝取られ宗介の感想

寝盗られ宗介を観劇して その2 想像して、少しにっこりした話。

2016.04.24 22:22|寝取られ宗介の感想
あるカルト的な集団が出来るとき、その集団の中心には求心力となるカリスマがいるものだと思います。

今回の「寝盗られ宗介」の舞台の北村宗介一座においてはそれは間違いなく宗介です。
座員全員が、本当に宗介のことが好きで好きで好きでたまらない。男も女も、なんなら抱いてほしいと思っている。

そして、これはそのまま、「寝盗られ宗介」初演当時の、つかこうへいさん自身がモデルになっているのだと思っています。
つかさんによる当時の日記には座員から慕われている姿が描かれているし、今回のパンフレットの酒井さんのコメントを見ると、それは本当にそうだったよう。




そしてまた、原作と戯曲でレイ子という人物を初めて読んだ時に、これまでいくつか読んだつかこうへい作品のヒロインに比べてなんだか、生々しいというか、すごくリアルに生身の人間を感じる造形だなあと感じました。
例えば、今までに見た出発のお嫁さんや広島の夏江はこんなに意思を持ってなかったような気がする。
もしかしたら、この人にもモデルがいるのかもしれないなあとずっと想像していました。





寝盗られ宗介の原作の中に、こういうくだりがあります。sousuke02.jpg


これを読んだ時に、宗介がどうしてレイ子を座員たちに寝盗らせるのか、レイ子への愛情確認だけではなく、もう一つ意味があるのではないか、そう思いました。


これも原作小説からです


IMG_000503333.jpg

カリスマを中心とした、どうしようもない人たちが集まったの小さなコミュニティは居心地もよく、その中では宗介がわけへだてなく扱って、なんとかしてつらい外の世界から守ってやるけれど、その小さな箱庭はしょせん世界の隅の隅でしかない。
自分たちがスターだと思っている宗介やレイ子だって、大きな世界の中では誰も知らない存在なのです。
そこにいては絶対に大スターにはなれないし、世間ともリンクできない。

ほんの少しでも才能がある人間であれば、そのことにふと気づいてしまう。そして世界へと出ていこうとする。

でも、一座にいる大半の人間は、この一座でしか生きていくことができないどうしようもない、ここを出て厳しい現実へ立ち向かっていこうものならば、下手をすれば死んでしまうような人たち。そんな彼らは出ていこうとする才能あるものをねたむかもしれない。
そんな時に、座長のアバズレ(ということになっている)の奥さんを寝盗ったとなれば、ああそれはもう出てゆくしかない。そういうことなんじゃないかと、思ったのです。宗介流のひねくれた送り出し方なのではないかと。

宗介がレイ子に持ってもらいたかった「慎み」はこれなのかなと私は思いました。
フィクションだから許せる、女の使い方!

でも、レイ子を徹底的にアバズレに仕立て上げるのは、宗介自身の慎みでもあったのかなと思うのです。

俺のことを愛する座員たち、俺は一人の女と結婚するけれど、それはこんなアバズレだしそんな上等なものでもないし、それよりなにより、俺は変わらずお前たちのことも隅々まで愛しているのだから。
そういうテレの裏返しであったのかなってそう思ったのです。

カリスマが結婚するともなると、大変ですね。あちこちに言い訳して何とか丸く収めないといけない。
それはアイドルのの結婚とも少し近いのかもしれません。


そして、ここからはかなりの私の憶測ですけれども、この「寝盗られ宗介」の舞台は1980年が初演だそうです。そしてこの年は、つかさん自身が初めての結婚をした年なんだそうです。

だとすれば、もしかしたらレイ子の造形というのは、その奥さんなのかもしれないなともこっそり思いました。


レイ子は、舞台中さんざんアバズレ扱いされますけど、今回の舞台を観た限り最後に現れた白無垢のレイ子は確かに私には希望の光に見えました。






あの描かれ方をされるなら、きっと口ではとんでもないひどいこと言っていたとしてもきっと当時、レイ子のことをこのお話の作者は、愛おしく美しいものとしてみつめていたのではないかと、私は思うのです。


このお話は、この一座にとっての結婚披露宴のようなお話なのかもしれないなと思ったのです。















続きを読む >>

寝盗られ宗介を観劇して その1 ラストの話   レイ子それは希望

2016.04.18 20:16|寝取られ宗介の感想
4月16日、17日と大阪松竹座にて「寝盗られ宗介」の舞台を見てきました。



全体の構造についてとか、いろいろ書き出したかったんですが、いかんせん体力が足りないのでラストの部分について書きたいと思います。
もちろんがっつりとしたネタバレです。











ラスト、スポットをパーンと落とさせてレイ子を呼ぶ宗介。でもレイ子は現れない。何度かのチャレンジ、あてにしていたリリーさんもいなくなって、心がぼきっと折れて意気消沈する宗介。
そこに一座の座員が現れて、宗介を囲み、あるダンスを始めます。
このシーンを見たときに私はクリントイーストウッド作の「インビクタス」という映画・・・というよりはライムスター宇多丸さんがした「インビクタス」評を思い出しました。




映画本編を見てこの批評を聴いてもらえると一番わかりやすいのですが、大変なので一番大事なものを書き出します。
この評論は、一見ネルソン・マンデラの伝記や、ラグビースポコンものと勘違いされがちなこの映画であるが、主題は、
「何のためにこの世には、詩が歌が、ダンスが、またはスポーツが祈りが、もっと言うなら日々の儀礼にも似た挨拶のようなもの要するに表現一般といったものがあるのか。
それは劇中でも語られるように、その人を鼓舞しその人が本来持っている力以上のものを出させるためである。その一つ一つはささやかで小さいものであっても、次第に影響しあい波及に波及を重ね、やがて巨大なうねりとなっていずれは元々けして達成が絶対に不可能と思われた何かを達成しうるのだ!」
というものなのだということなのです。

その例として宇多丸さんがあげるのが決勝であたる最強の敵ニュージーランド代表のオールバックス。その最強の敵はなぜ最強であったかその秘訣を思い出してくださいといいます。

その「秘訣」というのがモロに「寝盗られ宗介」の舞台でラストに一座一丸となって踊るあのラグビーのダンスなのです。



これ。「ハカ」というそうです。




こちらは実在の「オールブラックス」のハカ


ニュージーランドの先住民が戦いのため魂を奮い立たせるための儀式の踊りだそうです。


一度心折れた宗介が、一座一丸となってこの踊りを踊って心を奮い立たせ、宗介は文字通り再トライを決めます。




一人ひとりでは何もできない、なんなら人間でもないサルやシャケのような人たち、この一座以外では生きていくことすらできないような人たちが、一丸となって表現をするとき、一つ一つはささやかで小さな波動であったとしても、それが波及に波及を重ね、やがて巨大なうねりとなって誰かの心を奮い立たせるかもしれない。また立ち上がれるのかもしれない。そう、思いました。そしてそれはもしかしたら何かを動かすかもしれない。
最後にレイ子が現れたように。

先の東北の大震災の時、たくさんの表現者が自分の無力さにうなだれた記憶があります。おそらく今現在も。


当時私はこう言われました。


「大変な災害が起きたとき、確かに必要なのは、パンだし、毛布だしおむつだ。
君がものを作っても人は死ぬだろう。地震は続くだろう。

でも、やるんだよ。」



なぜやるのか。その答えが、この舞台にはあったような気がします。

それは表現もまた、人間が生きていくうえで絶対に必要な重要な一つの物だから。表現があるから、人間は生きていけるのだから。


レイ子が現れ、ほっと優しく終わるハッピーエンドにそっと救われ、たのしかったな明日も生きていこうと私たちが思ったように。


表現は無力ではないと改めて教えてくれる、舞台だと思います。
偶然こんな時期になってしまいましたが、だからこそ、この内容がとても私には響いた舞台でもありました。



大変に疲れ切ってて書きっぱなしのブログになりましたが、どうしてもかいておきたかったことです。
ほかのところはまた後々書きたいと思います。





タグ:寝取られ宗介の感想

富士山

2016.01.23 09:16|未分類
先日、横浜でJAM TOWNの観劇と千葉県市川市で行われている「山田洋次×井上ひさし」展を観に上京した。(というより関東へ行った)

とてもよく晴れた日で、行きの飛行機の窓の外になんだかぎょっとするような変わったそれでいて美しいものが雲の間から飛び出していることに気付いた。


富士山だ。

fuji.jpg



なんとまあきれいなのだろうか。

日本一高い山がこんなに神々しくきれいなものであったらたしかに神の島だなんだと思ってしまうかもしれない。
私は西の方の生まれなので、富士山を見るのはまだ生まれて何度目かだ。


富士山を見ながらつい1週間前に見た山田洋次監督の「家族」という映画のワンシーンを思い出した。

長崎の伊王島の炭鉱で働く夫婦(井川比佐氏 倍賞千恵子)と二人の子供そして夫の父(笠智衆)が、終わりかけの炭鉱に見切りをつけ新たな仕事を求めて北海道の開拓地まで旅するお話し。
おじいちゃんの笠智衆は新転地では長男夫婦の邪魔になるだろうと、広島の福山に住む次男のもとへ身を寄せるつもりで旅をするが、次男も次男でカツカツの生活でおじいちゃんが来るのは迷惑なんじゃないだろうかという空気になる。


そのときにお嫁さんの民子(倍賞千恵子)が「じいちゃんも北海道一緒に行こう。じいちゃんがいたら子供たちみててもらえるし・・・」という。
実子二人の間で少し迷惑そうに扱われていたおじいちゃんを血のつながらない民子が救う。


旅の途中、列車の中で疲れ切って家族が眠っているときに
「民子、民子ほらごらん」とおじいちゃんが起こそうとする。
「富士山だよ」と。

へとへとの民子は結局、起きないのだけれど、おじいちゃんは民子に富士山を見せたかったのだろう。
「富士山きれいねえ」と一緒に言い合い分かり合えるのは民子だと思ったのだろう。
このなかで唯一血のつながらない民子だが一番分かり合えると思ったのだろう。

それは家族に対する愛情だと思った。
家族とは、血のつながりではなく、こういう心にあるのではないか。
コミュニティがあり、そこに通う愛情があればそれはもう家族なのだ。

そんなことを思った。


そしてふと、私にも「ほらごらん、富士山だよ」と誰かに言われた記憶があると思い出した。
そう、こんな風に飛行機で。


それはもう10年以上前ある賞を受賞したとき、授賞式に呼ばれ推薦文を書いてくれた教授の丸山先生と二人で東京に旅をした時だ。その時の富士山を私は全く覚えていないが、丸山先生が「富士山だ見てみろ」と私を呼んでくれた光景はすごくよく覚えている。
大学の彫刻科という狭い狭いコミュニティの中で家族のように確かに私は愛されていたのだなと2016年の今富士山を見つめて思った。



先生、あの日の二人旅本当に楽しかったです。
と今はもう先生に言えないことだけが、非常に心残りです。



まくら堂 はんこ彫刻展

2015.06.18 22:27|未分類


2015.年7月 4日(土)– 14 日(火)(水曜定休日)

名古屋市本郷に3月にオープンした「FRAME + GALLERY 37°」にてはんこの展覧会を行います!

omote.jpg




まくら堂 はんこ彫刻展
「愛してるって、もういいそびれないように」

はんこ作家まくらによる はんこの展覧会です。
これまでに制作してきた 600点余りのはんこを展示します。
★ 会場 FRAME + GALLERY 37°
★ 会期 2015年7月4日~14日OPEN 11:00 – 20:00 (水曜日定休)
★ 作家在廊日・・・ 7/4(土)& 7/5(日)
★ 展示中はすべてのはんこをご自由に押していただけますので、ノートや紙をお持込ください。



はんこを彫るのは今や日課で、朝少しの時間があれば絵を描き転写して、夜彫ります。
毎日小さな絵を描いているような気持ちです。

ただ、余りにも毎日毎日作ってしまうので、誰にも押してもらえないはんこがもう600個以上も溜まってしまいました。

やはりはんこは人に押してもらって完成です。

ということで、これまで作ったはんこをみんなに押してもらうワークショップ展覧会を開催することになりました。みなさん、押したい紙を持って、会場にいらしてくださいね~!!。

FRAME + GALLERY 37°
HP http://frame-37.net/
〒465-0024
愛知県名古屋市名東区本郷 2-227 第二日吉ビル1F
TEL052-726-3437



IMG (22)

アイデンティティ

2015.04.19 19:11|未分類
大学生の時、在日韓国の二世の女の子の後輩がいて彼女が韓国に語学留学するとういう話をして、なんとなしにすごく仲の良かった京都出身の友人に、「自分の国が二つあるってどんな気持ちだろうねえ」と言ったことがある。

本当に、なんとなくだった。

友人はとっても複雑な表情をして「うーん、くりちゃん(私)も、三重県出身やけど、沖縄に永住を決めとるやろ?それといっしょやろ」といった。

その時は、あ、大人っぽいこと言われちゃったなあ!と思った。先手取られた!みたいな。

でも、今思えばあれが真理だったかもしれない。



私は、沖縄が好きで好きでたまらにないけれど、自分の体に沖縄の民族の血が流れていないことに何度か絶望したことがある。残念だなあ。ちょっとでも気を抜くとこの地では暮らしてはいけないのだなあとよく思っていた。


ただ、沖縄という地はたいへんに器が大きく優しい土地で、私はこの10数年とても愛されてきたように思う。
そして私自身もこの土地に対して侵略者にならぬように、そろりそろりと生きてきた。


でも、今回「広島に原爆を落とす日」を観劇して、私は今の沖縄の扱われ方に、沖縄の人間として怒る自分を見つけた。
私はもう部外者ではないのかもしれないとやっと思うようになった気がする。


私の生きる場所はたしかにこの地にあると、初めて気づいた4月だった。
とても感謝している。この舞台に。

広島に原爆を落とす日を観劇して。

2015.04.11 22:57|未分類
4月の4日5日に、京都の南座へ「広島に原爆を落とす日」という舞台を観に行ってきました。

余りにも感激して、どこかに感想を・・・!と思ってブログに来てみたら、なんと、最終エントリーが「出発」についてでした。
今回の舞台も、その出発と同じ、錦織一清さん曲色演出、戸塚祥太さん主演のつかこうへい作品の舞台です。

もうごまかしは効かない。このタッグがどうにも琴線に触れるようです。

そして、見た感想は、意味なんかもうどうでもいいや。ズボッと心の中に突っ込まれて、すっかり持って行かれてしまった。
とてもいい舞台でした。イカされた・・・!って思いました。

今回の「広島」の舞台は流石にタイトルに少し怯えてしまい、観劇前に小説版「広島に原爆を落とす日」、原作となったと言われる「戦争で死ねなかったお父さんのために」の戯曲、そして大昔TV放映したというその舞台の音源を見つけたのでそれを聞いたりして予習しました。


そうしたら、どうやらこの舞台は戦争ものというだけではない・・・というよりむしろ戦争はあまり関係ないのでは、とすら思うようになりました。

そして、実際舞台を見た感想も、戦争以外にも大きいテーマがいくつかあるなってことでした。



その中で、ひとつだけちゃんと語っておきたいことがあったので、今回は久しぶりにブログを書きました。完全なネタバレなので、観劇予定の方は読まないでください。




予習のつもりで読んだ小説版「広島~」は、主人公が在日韓国人で、そのことによって差別されており、どんなに自分のふるさとである日本を想い、尽くしても全く報われず、苦しい思いをする。
そのプロフィールは作者であるつかこうへいの物であり、その差別に対する辛い思いはとても生々しくリアルに書かれていてまるで追体験をするような気持ちで、差別されるとはこんな思いをするものなのかと苦しくなりました。

そうして読み進めていくと突然ハッとしました。
それは「知念さん」という沖縄の人が出てきて、主人公にこういったからです。
「私たちも、日本に認められたいのです。頑張りましょうね!」
まるでひとごとのように、追体験だなんて思っていたけどこの問題は私の住むこの土地の問題でもあったのかと。
物語がくるりと反転して、すっかりこちら側を向いてきたのです。

それはそうか2015年の今だって、県知事が日本政府に会ってもらえない社会です。そうだ、リアルな話だった。



なんだかそんな苦しい思いのまま、舞台を観劇しました。

舞台版はもう少し直感的になぜ差別されるのかわかりやすいように主人公ディープ山崎は白い肌で青い目の(外国人らしい見た目の)ロシア人ハーフという設定になっていました。ロシアなので共産主義っていう意味もあるのかもしれません。

舞台でも幾度もはっとさせられましたが、特に主人公が送られた南国の孤島での原住民である土人の酋長の娘ビアンカと日本兵阿南の恋のお話の部分に思うところがありました。

ビアンカをてごめにして、本当は愛しているんだけれど、意地とプライドでどうしても愛してるというわけには行かない阿南。ほかの日本兵たちとともに、ビアンカにとってもひどい言葉を投げかけます。
それでも、阿南に愛されたくて、黒い肌を白くしようと阿南に言われたとおり、硫酸をかぶって肌を擦るビアンカ。
ビアンカの名前はその島に咲く白い花の名前だそうです。


それでもどうしても、愛してるとは言えない阿南。


見ているこちらからすれば、なぜ好きって言えないのか、むむむむむって気持ちでいっぱいです。
でも言えないかたくなな意地とプライドが、そこらじゅうを覆って結局阿南はビアンカを撃ち殺してしまいます。

ビアンカの存在は、民族差別の象徴であり、つかさんのプロフィールを考えるとおそらく慰安婦なども暗示された役柄だと思います。
彼女たちはセックスのメタファーであるフラフープを手に持ち、妖艶に、セクシーに日本兵と踊ります。

そしてビアンカが日本兵に投げかけられるひどい言葉は、そのままディープ山崎が日本から投げかけられている言葉やされている仕打ちなのだと思います。


阿南にどうしても受け入れてもらえないビアンカは「では私は土人としての誇りを持って生きる」と言い悲しい歌にのせて、舞を踊ります。


ビアンカの役は、沖縄出身の女優の蔵下穂波さんが演じていて、その舞も彼女が小さい頃から習っているという琉球舞踊です。
何か意味があるのかなと琉球舞踊のことを調べたら、琉球舞踊の女踊りというのは大体が男女の情念というのがテーマになっていて女性は秘めた想いをを踊るのだそうです。



このビアンカの役に、沖縄のお嬢さんを配役したのか・・・!と気づいたときに一瞬私は、なんてことをするんだ!と思いました。いまだに、県民が入れない土地が何%もある、今でも時々若いお嬢さんがひどい目にあったり、嫌だと言っているのに代表者すら面会も拒否され基地の移設を、粛々と?勝手に行われてるこの土地のお嬢さんを?

でも違う。むしろ、愛しているからこそおそらく彼女が頭に浮かんだのだろうし、配役したのだと思った。



琉球舞踊のことを調べていたら、こういう記述が出てきて


Baidu IME_2015-4-12_13-5-31

出典 「鑑 文化芸術へのいざない」




この「広島に原爆を落とす日」という舞台自体がこういった舞踊や、お祭りなどが持つトランス感に近い物があるなと感じたのですが、特にこういう感染呪術の力はたしかにあると思う。
じゃあ、私たちは何に「あやかる」のか。

多分、つかこうへいの怒りに、あのエネルギーにあやかるんだと思う。
そして例えば実際に自分が阿南の立場になった時に、自分だったらビアンカになんて言ってあげたかったのか、思い出したらいいんだと思うのです。

このお話は、結局差別や戦争を生むのは、意地やプライドやつよがりや自我で、そんなものにどかーんと爆弾を落としてしまって、フラットになればいいのに。ってことなのかなって思いました。

変わらないはずのレールをむちゃくちゃな力技でひしまげて、ほかの全ての人が救われればいいのに。そういうことなのかなって。
ちょっと魔法少女まどかマギカのラストを思い出したりしました。

戸塚くん演じるディープ山崎の最後の独演は長い長いセリフを延々と語ります。それは力強く熱がこもり、最後は爆発するかのように、文字通りどかんと観客の心に穴を開けたと思う。
その穴は、たとえ塞がっても、きっとまた皆の心の中で疼くだろうって思います。
そんな時に、自分はどうすればいいのか、一度考えたらいいんだと思います。
自分ならビアンカになんて言ってあげるだろうって。
そういう呪いを多分私たちはかけられた。


今から35年以上前、つかこうへいがかけた呪術に今の私たちがまたかかっている。
演劇のもつちからって恐ろしいなすごいなあって改めて思いました。



テーマに関しては、これ以外にも戦争を含めいろいろあると思います。
でも、私の立場からはこの一点が一番入ってきました。

本当は、意味なんてどうでもよくて、戸塚くんの波動法で、胸に穴を開けてもらう。その程度の楽しみ方でもいいんだと思います。戸塚くんの開けた穴は、いつかきっと疼くから。

舞台「出発」

2014.07.19 01:02|未分類
京都で、錦織一清演出、戸塚祥太主演の「出発」という舞台を見てきました。

松竹南座。
かっこいい会場。

パンフレットには山田洋次大先生とニッキさんの対談付き。
佐藤蛾次郎も出てました。

舞台は、ニッキさんそっくりだった。毎月聴いてるラジオに似てた。
もっとオーソドックスにやっても良かったと思うし、テーマをきっちり絞ったら良かったと思うし、セリフは、緩急もっとつけたらいいと思う。2014年版つかこうへい舞台だからって唐突にスマホ出さなくってもいいと思う。
主演のとつかくんは、家族役にすらまだ心を上手く開けてなくて、空にセリフを放って、
石丸謙二郎に、華という華をぜんぶ持ってかれていた。(まあそれはそれで戸塚くんらしくてよかったけども)


でも、そんなことぜんぶどうでもよくて、わたしはこの舞台がたまらなく好きになった。
一箇所頭がおかしくなるくらい好きなシーンがあるのです。

主役の戸塚くんの弟(冨浦智嗣)の恋人役があまちゃんの「喜屋武ちゃん」こと、蔵下穂波ちゃんなのですが、その彼女が、THE BOOMの「からたち野道」を歌うシーン。




差し上げたてが美しく手踊りを踊って、沖縄の楽器の音と音階で歌を歌います。

そしてそのまま、蛾次郎がほうきで漕ぐ船に乗って、恋人の冨浦くんとともにタイタニックのように、客席に手を振って、花道を去ってゆくのです。
って書き出すと変なシーンだな。



THE BOOM は島唄の時から、琉球テトラコルドを踏まえて曲を作っているので、多分この歌も沖縄音階に沿った曲なんだろうと思う。そこに、蔵下さんの独特の沖縄の歌唱法がとてもよく生えていた。

スポットの中で手踊りをしながら歌う蔵下さんをみて、わたしは高校生の時、布団の中でCoccoの曲を始めて聞いたときのことを思い出した。

初めて聞く不思議な歌唱法。異国の音楽だと思った。
これが沖縄の民謡か・・・とまで無知な私は思ったものでした。
皮膚が泡立つような感覚だった。

私の中のコンパスが、その南の島を指し示した瞬間でした。


それは私の人生を決めた瞬間だったし、今でもはっきりと思い出すくらい強くはげしい出来事です。



それは、沖縄の女の人の歌にリンクしていたのかと蔵下さんを見て、改めて知った。

彼女に、歌わせてくれて、ありがとうニッキ。

あのワンシーンを見るだけでホント素晴らしい舞台だと思っています。

もう一回見たいな。と既に思っている。

父を誘っていけば良かった。
私の父とニッキの父が同じ名前だというのを山田洋次との対談で知りました。

「うちの父は清という名前だから、渥美清さんの演じる寅さんが好きだったんだと思います」とニッキが言っていた。
うちもそうなのかな。


7月12日 まくらさんスタンプデイ

2014.06.17 21:08|未分類
【告知】7月12日

大阪は心斎橋のカフェで一日限りハンコ押し放題イベントをさせていただくことになりました。

ちらしweb





この日一日お店に来ていただいた方どなたでも、ハンコを押していただけます。




☆まくらさんスタンプデイ☆

7/12(土)14:00〜23:00(変更になりました)、予約不要。
¥1000(ドリンク2杯、1時間まで)お土産付き。(フードメニューはございませんお気をつけください)

彫刻家としてご活躍中の【まくら堂】さんの消しゴムはんこが、A.B.C-Zを中心に、SMAP・キスマイ・セクゾン等、約100点も勢揃い!

お客様どなたでも自由にはんこを押して頂けますので、押したい紙や手帳など、ご持参ください(適した用紙のご用意もあります)。
押したものはすべてお持ち帰り頂けます。思いのままに可愛い便せんやカードを手作りして下さい♪

作品の展示、雑貨やはんこの販売もあります。


まくらの滞在予定はファウストの昼公演以外になります。(5時頃からいます)
みなさんも舞台やジャニショのついでにぜひお立ち寄りくださいね~!!

ありがとうございました!

2014.01.07 12:11|未分類
一年間続けてきました、はんこブログ、年明けより彫刻ブログに切り替えました!

URLしりたいかたは、info@e-choken.comにメールくださればお教えします!

よろしくおねがいします!

オンザ ドンキー!

2013.11.22 08:19|未分類
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だって来年午年じゃん!

2013.11.07 07:55|未分類
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おしまいに向けて、宮田をかたろう

2013.11.02 10:38|未分類
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そろそろ、いったんはんこブログはおしまいにしようかと考えております。今年いっぱいゆったりとこちらをやって、
来年からはまた、彫刻家のブログのほうへと戻ります。

知っている方はそちらへどうぞ。

今年一年、私の厄年に寄り添ってくれているはんこ、そのなかでずっとモチーフで居てくれ、わたしのはんこのモチベーションであるのがこの宮田君。

この作品はおととい完成しました(まだもうちょいつめるけど。)

この作品を見ていたら、いつでも、その時々の感情はこの宮田君のはんこの上にのっかってる。と思いました。


はじめてみたとき、なんてどんくさくてつたない人なんだろうと思いました。
23歳とかなのに何にも出来ない。
なんにも出来ないけどまじめだから、ものすごくがんばる。でもぶきようだからちっともうまくいかない。

そんなところが、すごく素敵だった。

テレビの中で、いっつもがたがた震えてて、手も震えてれば、頭も揺れてるし、声もなんか緊張してるし。

汗っかきだし、7人も人が居る中の一人だから、髪の毛とかみんなに比べて割と手をかけられてなかったのも、はんこにしやすかった。

なんだか、たまんないな~とおもって、はんこを彫ってみたら、すごくかわいくなって、私はこの人がすきなんだな~って自覚しました。




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はじめてのみやた

IN TOKIO

2013.10.19 22:21|未分類
東京へ行ってきました。

2011年の7月にいったきりだったから2年ぶり。

好きなものをたくさん見て、胸がつぶれるくらい痛くなったり、台風が来てホテルにこもったり、TVの収録に参加したり、本当に非日常で楽しかった。


そして、私の作品は、本当に何かを好きだという気持ちを固めるような気持ちで作っているって思った。

「こたえはいつも愛してる」

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君たちの背中はなんとも頼もしかった。

工作ちゃん

2013.10.08 10:05|未分類
やっと休みきた~~!!

休みがあって私がすること。それが工作以外にありえますか・・・?

あり得ませんネ!






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ということで、更新がとどこおっているわけで

2013.10.07 08:21|未分類
なんかふらつくとおもったら、仕事が忙しすぎて、まいにちおにぎりばっかりたべてたからだ・・・。

あくじゅんかん・・・

2013.10.05 18:17|未分類
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たのしくて

2013.09.30 07:44|未分類
はんこを彫るのが楽しすぎて、ネタ元であるテレビを全く見なくなってしまった。


音はぼんやり聞くけど。


漫画も読めない。買ったけど読んでない。


物を作ることより楽しいことって実はあんまりない。

なにかの波

2013.09.29 20:56|未分類
鴻上尚史さんの主催する、「虚構の劇団」の次回公演「エゴサーチ」を見に行かねばならないとおもった。


6月に「キフシャム国の冒険」 を見に行く、となったとき、すべての矢印がそちらのほうこうを向き、どばーんと大きな波に乗せられたかのように、私の体はそこまで運ばれた。

そして観劇し、やはり来るべきだったのだ。と全身で感じた。スーパームーンと呼ばれる月が空に大きく明るく輝き、私の大小の夢がいろいろ叶った。


あまりにも幸福であり、不思議な体験でもあり、私は自分で勝手にこれにてわたしの本厄の厄落とし完了でよいでしょう。と決めたほどだった。



これほどのことは沖縄に来ることがきまるときに一度あった以来かもしれない。

そのときは二つに枝分かれしている道のどちらかを選ぶと、それは必ず沖縄へゆくという選択肢に通じていた。

私は沖縄へ行くんだと思った。
そして、受験会場である大学を歩いている最中に、そこで学生生活を送る自分をぼんやり見た。白昼夢みたいなやつ。
そしてその映像は大学三年生のときにばっちり具現化された。

呼ばれたんだな~たぶん。といまだに思っている。



それとおなじことが起きるほどの現象だった。

演劇にこれだけ強い力が込められているのは、たくさんの生身の人間がかかわっているからなのだろうか。
その現象すべてにちょっとぐっと来てしまった。

いかなくてはいけない。と思って、私はチケットをとりました。


来月、とっても苦手な、東京へ行きます。
おなか壊しそう。

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あーまちゃん

2013.09.28 23:52|未分類
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あまちゃん、終わっちゃたね・・・。

最近TVあまちゃんと半沢しか見てなかったのに!

サイズはまちまち

2013.09.27 12:34|未分類
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これは、はんこ全部同じ紙に押したもの。

ネット上じゃわかりにくいけど、わりといろんなサイズでほっています。

これ?
だれかって?

そうそう半沢直樹。

そうそう。そういうことで。いいです。もう。

そして父になる

2013.09.25 21:11|未分類
今日ははんこに関係ない普通の日記


今日見た、是枝裕和監督の「そして父になる」が、とてつもなくすばらしかった。

皆さん見に行かれたらいいと思います。



是枝監督ってものすごくうまいことを随所にやっているんだけど、それが浮くことなくストーリーのために効いてゆく。

少し震えた。


あのラストの道とかどうやって見つけたんだろう。二股で、でも横並びで、方側が一段低くて、最後に二つがまた交じる。

そんでもって少し坂道!(道の面が見える)


多分粗筋だけじゃ、この映画に対する興味を観客にフックすることは難しいとおもう。そういう意味では賞を与えたカンヌ素晴らしいなあ 。
充分なフックだとおもう。

今日も平日だというのに、たくさん人が来ていた。満席に近い入り。

たくさんの人が見たらいいなあと思う。



ああ、何も悪くない子供が、つぶやく「ごめんなさい」の悲しさよ。

胸が潰れるかと思った。

あま絵!

2013.09.25 09:22|未分類
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あま絵!

めっせーじ

2013.09.21 21:35|未分類
いいたいことって、なにか。

おしえてあげる
ただひとつ。


愛してるってことだけだ。






モチーフ02


ロックンロール。

かわってない

2013.09.20 20:24|未分類
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中二の絵





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UNICORN2010 02


今の絵



あーあー一生こんなことして生きるンだな!(しあわせ!)

まほうをかけて

2013.09.19 23:52|未分類
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しあわせよかたちになあれ!

想像どうり

2013.09.18 18:21|未分類
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 五関さんってまじ動物にモテんのな!




とつかくんも、子供に異常にもてるのな!


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おもいをそとにだす手段

2013.09.14 21:35|未分類
ぶっちゃけていうけど、作品を「うまい」っていわれることが好きではありません。

これわりとよく言うし、うまいとか器用とか言われるたびに真剣に反論するので、皆さんあまり私に言わなくなってくださって、うれしいです。



うまいなんて、あたりまえなんです。

小さいころから、こういうことにか喜びを得られなくて中毒みたいにやって、やってやってやって、それでも物足りなくて、大学に入って勉強して。

ほかの事に使う時間を全部費やして、物を作ることだけをやってきたのです。


向いてるって信じるしかないだろう。テクニックだってあがるに決まっているだろう。


そのかわり、人間的に大切なことがたぶんずぼって抜けている。

でもしょうがない。あきらめた。そういう人間だから。



そして、私には、ただひたすら、言いたいことがあるだけなのだ。

わたしにとって、それを一番出せるのが、この造型という手段だったし、

テクニックは、そのことを少しでもスムーズにたくさん外側に押し出せるように、そのためだけにつけた。


だから、テクニックの部分をほめられてもしょうがないのだ。
むしろそこに目がいくのであれば、そのテクニックは、邪魔をしていることになる。


私たちは、物がうまく作れる、絵が、上手に描けるのではない。それでしか、発信できないのだ。

だから、出来たら、そこを受信していただけるとうれしいな。





そして、いまは、わりと、発信が達者にできてて幸せなんだ。




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秋風のせいさ

2013.09.10 21:54|未分類
よく分かんないけど、はんこを彫っていたら泣いていた。

多分秋風のせいさ。


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